被災,被害,PTSD
トラウマ
脳の働き

※厳密には、被災者と被害者は分けられるのかもしれませんが、ここでは一括して「被害者」と表記いたします。

PTSD(心的外傷後ストレス障害)

 PTSDは、post traumatic stress disorder(ポストトラウマティックストレスディスオーダー)の略で、心的外傷後ストレス障害と訳されます。PTSDは精神科的診断名であり、その他の精神疾患同様、被害者を貶めるレッテルではありません。精神的に弱い人が罹患するというわけでもありません。

3大症状
①侵入体験
 日常的に全く突然に、恐怖を感じた場面を思い出してしまうことがあります。それは、自分の行動とは無関係に唐突に、あたかもたった今被害に遭っているかのように思い出されます。それは「フラッシュバック」と呼ばれます(カメラのフラッシュのように断片化された記憶が蘇る)。しかも、ただ思い出すのではなくて、音や匂い、体の感覚に至るまで再体験させられてしまうとても辛いものです。過去の出来事だと頭ではわかっているものの、体(心)は被害体験をなかなか忘れることができません。

②麻痺あるいは回避
 危険に遭遇した人間は、正常な体の反応として、飢えや渇き、痛みといった知覚を感じなくなります。PTSDでは、危険が去ったにも関わらず、その状態が継続してしまっていると言えます。被害者は、被害体験を語る際に「何も感じない」とか「悲しいとか辛いという気持ちがわからない」と言うことがあります。また、被害体験に関係しそうなどんな些細な出来事にも近づかないように、行動範囲が狭くなったり、特定の場所や出来事を避けたりする場合があります。

③過覚醒
 一見感情がなくなってしまったように見えて、体は緊張状態のままです。それは、同じ被害に遭わないように常に身構えているようなもので、些細な物音に飛び上がるほど驚いたり、神経が昂った状態になり、ゆっくりと眠ることもできず、睡眠障害となる場合もあります。

異常な体験に対する正常な反応
 3大症状は、正常な人が異常な体験にさらされた場合に生じる、正常な反応として考えられています。被害者自身にとって、自分の身に起こっていることが異常事態だという感覚はありますし、同じ体験下でPTSDにならない人もいることから、自分に問題があるのではないかと考えてしまうことがありますが、被害者自身が異常なのではありません。ただし、症状が慢性的に長期化してしまう場合には精神疾患としての治療が必要になります。

自己・他者・世界に対する不信感
①自分の体でさえ、自分はコントロールできないのだと感じます
②恐怖体験を正確に表現できる言葉はない、つまり、誰にも伝わらない、誰にもわからない、誰も助けてくれないと感じます
③世の中は安全な場所ではない、「世界はみせかけである」という意識を持ちます

外傷性記憶
 通常は、ある出来事を認知してから感情が生起しますが、感情に耐えきれないと判断された出来事は、なるべく意味を持たないように、認知の段階で情報が断片化される場合があります。それを外傷性記憶と呼び、フラッシュバックと呼ばれる苦痛を生じる断片的な恐怖場面を思い出すという症状として現れます。これらは、自分の人生という歴史の中に、埋め込むことのできない嫌な記憶として、忘れたいと強く望まれるにも関わらず、被害者自身を内側から苦しめ続けます。これらは、自然消滅することも、被害者が慣れていくことも基本的にないと考えられています。

忘却への憧れと諦めの3段階
①「忘れたい」
②「忘れたくても忘れられない」
③「忘れずにいよう/忘れずにいるしかない」

 被害に遭われていない人々は、被害者に対して「早く忘れなよ」と言うことがあります。しかし、被害者にとってそれは、被害自体をなかったことにせよというメッセージであり、被害時に感じた気持ちをなかったことにせよというメッセージであり、被害に遭ってしまった人々の存在を隠蔽し、悲しみや辛さ、暗さや重苦しい感情を社会に持ち込むなという強烈な否定的メッセージのように感じられてしまいます。ひいては、この世の中に自分の居場所はないのではないかという思いに至ることさえあります。

被災時の心構え
 被災した場合には、誰かを助けることと、誰かに助けられることの両方が重要です。助ける側に回っているだけでは、孤立無援感は薄まりません。英雄的な働きを行うよりも、自分の周りに手を差し伸べて感謝され、周りから助けてもらうことに感謝するといった互恵性(お互い様)の確認をすることが重要です。
自分の手の届かないところは、誰か自分と同じような人がいるはずだと他者を信じる気持ちも大切です。それは、他力本願や人任せというものとは区別できるものです。自分でたった一つの大きな輪をつくるのではなく、多くの人達と幾つもの小さな輪同士をつなげていくといったイメージです。そういった心構えで人助けをするによって、無力感や燃え尽きることを防止することができます。

代理受傷
 治療者が被害者の話を聴くと、治療者自身が、被害体験や被害者の感情に圧倒されてしまう場合があります。
すると、傷ついた治療者自身にも、フラッシュバックが生じたり悪夢を見たりすることがあります。これを代理受傷と言います。治療者自身が傷ついてしまうと、被害者と会うことに気が重いと感じ始め、必要以上に明るくふるまってしまったり、被害者が被害体験以外の話をしたときに、それに多くの時間を割いてしまったりします。
反対に、治療者は、被害者が大袈裟に話しているのだろうとか、本当にそんなことが起きたのだろうか、といった疑念を自らの内に生じさせることによって、治療者自身が感情的に傷つきすぎないように身構えてしまうことがあります。そうした態度は、容易に被害者に伝わり、被害者を再度傷つけます。こうしたことは、カウンセリングおよびカウンセラーにさえ起こりうることとして注意を促されています。
ひいては、一般の方が被害者の話を聴く場合にも容易に起こることだと考えられますので、特に注意が必要です。

再演
被害者は、外傷性記憶に悩まされることがなくなったとしても、被害体験自体に打ち勝ったとは思っていません。自分は、被害体験自体に負けたわけではないということを確認したいがために、同じ状況を再現し、次こそは別の行動をとり、打ち勝ちたいと心のどこかで望んでいることが多いです。
災害であれば、危険度の高い地域に住み続け、人的被害であれば、被害に遭った場所を頻繁に訪れ、加害者に復讐しようとすることにこだわってしまったりします。そういう意味では、一般の人よりも、被害に遭った方がもう一度同じ被害に遭う可能性は高くなってしまいます。

サバイバーズギルト
生存者の罪悪感と訳されます。被害体験からの生存者は、自分が生き残ってしまったことに罪悪感を持ちます。自分より生き残るのにふさわしい人がいたのではないかと考えたり、誰かを蹴落として生き延びてしまったのではないかと考えたりしてしまいます。
また、生き残ったならば世の中の役に立たなくてはならないという使命感に駆られてしまうことがあります。その場合、急に仕事をやめてボランティアを始めたり、自分の生活を犠牲にしてまでそういった活動にのめり込んでしまう場合があります。
逆に、世の中の役に立てていない自分は生存者にふさわしくないと考えてしまい、死んでしまおうかと考えてしまう場合があります。いずれにしても、極端な選択は被害者の豊かな生活を奪ってしまう可能性があり、望ましいこととは考えられていません。

治療的回復の3段階
①身体的安全および心理的安全の確保
②被害体験の想起と服喪追悼(悲しむこと)
③記憶の統合および通常生活
 
外傷性記憶は、それだけではエピソードを持たない、生々しく恐ろしい映像、音、匂い等です。
被害者には、自分の中にあってはならないものと知覚されます。忘れようと躍起になりますが、日常の全くなんの関係もない瞬間に、突然、その時の記憶がよみがえってきます。人によりますが、基本的にきっかけはありません。どこにいても、何をしていても、それは突然襲ってきます。被害者は、外傷性記憶に対して苦痛と恐怖に圧倒され、立ちすくみ、ただそれが過ぎ去るのをひたすら待ちます。

 外傷性記憶は、確実に安全な時間と場所と人(治療者)のもとで、被害者自身が想起してゆくことが大切です。一方的に、治療者が根掘り葉掘り聞くことは治療的ではありません。被害者自身が外傷性記憶を表現するのに近い言葉を見つけていく作業は、時間をかけて行われる必要があります。
例外的に、EMDRと呼ばれる眼球運動を伴った記憶想起によって、数回の心理療法で症状が急速に消失する場合があるようですが、その効果はまだ検証段階であり、一般的な治療法とは言い難いものと考えられています。

 外傷性記憶を言葉にしていく作業においては、被害者がとった全ての行動が正しかったのだと認めるのではなく、確かに他にもっと良い方法があったのかもしれないが、極限状態での自分はそうするしかなかったと自分で自分を許していく過程が重要になります。
外傷性記憶がある程度、自発的に言語化できるようになると、その記憶は被害者自身でコントロールできるようになり、圧倒される感覚は消失していきます。忘れることはできませんが、そうすることで日常生活を滞りなく送っていけるようになります。

精神科・心療内科通院中の方へ
 被災状況下では、普段服用している抗不安薬や睡眠薬・睡眠導入剤等、緊張を和らげる薬を飲むと緊急時にすばやく対処できなくなってしまうのではないかと考え、服薬できなくなってしまう場合があります。
その場合は可能な限り、安心できる誰かと共にいる間に服用し、昼寝をとるなどをして睡眠時間を確保することが大切です。被災状況下で緊張状態にある上、服薬もしないと、当然不眠状態が続いてしまいます。すると、極度の疲労状態や思考が混乱した状態になってしまうことも考えられますので、結果的に緊急時にすばやく対処できないということになりかねません。
動ける間に動きたいという気持ちもわかりますが、あえて体を休める時間帯を意図的に設けることも重要です。また、精神科で投薬のみの治療をされていた場合は、服用できなければ治療が中断されてしまうことになります。その場合には、カウンセリングを利用し、不安の軽減をすることも有効です。

 

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