怒りたいのに、怒れない (日経ヘルスより)

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怒りたいのに、怒れない
陸上自衛隊初の心理幹部として、衛生科隊員たちへのメンタルヘルス教育や、自殺防止、カウンセリングなどを行う下園壮太さん。自衛隊員はときに過酷な任務で極限の心理状態に置かれることがありますが、それをコントロールしたり、メンテナンスする方法を教えたりする…

 陸上自衛隊初の心理幹部として、衛生科隊員たちへのメンタルヘルス教育や、自殺防止、カウンセリングなどを行う下園壮太さん。自衛隊員はときに過酷な任 務で極限の心理状態に置かれることがありますが、それをコントロールしたり、メンテナンスする方法を教えたりするのが心理幹部の役割です。こうした自衛隊 でのノウハウは、普通の生活をしている人のメンタルマネジメントにも役立つヒントがいっぱい。下園さんの著書「自分のこころのトリセツ」の中から、働く女 性が抱えるリアルな悩みに寄り添う解決のポイントをテーマにわけて紹介します。

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  相手に対して抗議をしたいと思っても言葉にする勇気がなく、いつもじっと我慢するだけ。怒るのがすごく苦手な「怒り下手」の人がいます。怒りをうまく表現 できない人は、どこかで自分の中に「怒ることはいけないこと」というルールを持っているようです。その考え方は一方では正しいのですが、あまり強すぎるの も問題です。

 まず、怒りの悪い側面を考えてみましょう。

 たとえば、「過剰に表現されてしまう」こと。もともと怒りという感情は、人間が原始人だったころ、縄張りを脅かされたり食糧を奪われたりすることを防ぐために、相手を「威嚇する」目的で発動されていました。

 相手を怖がらせ、追い払い、自分の命を防御するための、非常にエネルギーの強い感情、それが、怒りです。しかし、現代ではそんな「生きるか死ぬか」の状 況は少なく、実際には急に仕事をふられたり、上の階で大きな音がしたり、といったレベルでも怒りの感情がわっと発動してしまいます。出来事に比べて、多く の場合、過剰な攻撃です。このため怒りっぽい人は人間関係を崩しやすいのです。

 さらに、怒りは「自分の体を痛める」という特徴を持っています。最近の研究によって、高血圧や腰痛は、怒りと関わりが強いことがわかってきました。小さ なことにもカッカッと怒っていると、結果的には体の不調を引き起こします。また、女性は威嚇されたり戦闘状態になったりすることへの、本能的恐怖心が大き いのです。もしかしたら逆ギレされるかもしれない、という自衛心が働くと、怒りをその場で抑え込んでしまいがちです。

 このように、怒りは昔から「抑えるべきもの」とされてきた歴史があります。また、実は怒りには自制以外にも強力なブレーキがかかります。それは「恐怖」 です。怒りをぶつけるということは、死をかけた戦いになる可能性があるということでもある。だから、怒りを発動するのは、基本的に怖いことなのです。

◆怒りを抑え込みすぎると自信がしぼんでしまう

 このようにお話を進めると、「怒ることにはなにもいいことはない」と思ってしまいそうですが、かといって怒りを我慢しすぎるのもよくないのです。

 怒りを抑えることを繰り返すと、やがて「私はどうして抗議ができないの?」と、無力感が高まり、自分を責めるようになります。

 怒りの感情はかなり強いので、それを抑え込むには、かなりのエネルギーを必要とします。だから、心身のエネルギーが失われ、うつ状態になることもありま す。これでは結局自分の心を痛めてしまう。すると、人との対峙や勝負ごとからどんどん身を引くことになり、自信を失ってさらに怒れなくなる。これでは悪循 環です。

 自分を守るためには、ときには戦うことだって必要です。怒りを感じたときは、「上手に表現する」ための練習をしましょう。

 

◆怒りを感じたときは抑え込まず、上手に表現する

 実は、“怒り下手”な人が言葉で表現しにくいからといって、ついやってしまうのが、無視する、その場からいなくなる、目でにらむ、あからさまにため息を つく、ものを投げる、机を叩く、といったパターンです。しかし、こういった態度は、かえって逆効果であることもしばしばあります。このような表現はあなた の敵意を相手に過剰に誤解させ、最も避けたかったはずの「敵意が敵意を増幅する」パターンに陥ってしまいがちです。

 怒りを感じたときは、相手にできるだけ言葉で伝える、ということが大切です。勇気が必要なことですが、これが怒りを伝える上で、最も正確かつ安全な方法です。

 怒りを表現することに慣れていない人は、いざ怒りを伝えようとすると、しどろもどろになったり、声が震えたりしてしまう、ということもあるでしょう。そ ういうときは、あらかじめ練習するといい。相手はこう反撃してくるだろう、そうしたら自分はこう言おう、というふうに台本を作って声に出して練習するので す。このような、感情を言葉で伝えるための練習を、心理学では「アサーション」といいます。

 言葉の表現ではうまく伝わらなさそうなほど相手が感情的になっているときは、ちょっと期間をあけたり、第三者を通じて気持ちを伝えたりするのもいいでしょう。どんな方法でもいいから、「自分は勇気を出して表現したんだ」という事実が、事態を一歩前に進めてくれます。

この人に聞きました<プロフィール>
下園壮太(しもぞの・そうた)さん 1959年、鹿児島県生まれ。防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。筑波大学で心理学を研修。1999年に陸上自衛隊初の心理幹部として、多くのカウンセリ ング経験を積む。陸上自衛隊衛生学校メンタルヘルス教官として、衛生科隊員(医師・看護師など)にメンタルヘルス、自殺防止、カウンセリングなどを教育す る。惨事ストレスに対応するMR(メンタル・レスキュー)インストラクター。2009年に第8回「国民の自衛官」に選ばれる。最新刊は『自分のこころのト リセツ』(日経BP社)。

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