うつ病についての簡単なまとめ

   
 
指導/教授 尾崎紀夫
名古屋大学大学院医学系研究科
細胞情報医学専攻脳神経病態制御学講座 精神医学分野
 
     うつ病は女性なら5人に1人、男性なら10人に1人が、一生のうち一度はおちいる非常によく起こる病気です。
 うつ病の症状は、「身体の症状」と「心の症状」にわけられます。

   
 不眠がうつ病の9割以上に見られる症状で、特に途中で目が覚める不眠がよく起こります。
 さらに、不眠の状態が続くとうつ病が起こる可能性が高いこともわかっています。
 また、食欲も落ち、体重が減ってしまうことがあります。
 その他には、疲れやすい、口が渇く、便秘や下痢、めまいやふらつき、動悸、息切れといった、いわゆる「自律神経症状」を伴うこともよくあります。
   
 ゆううつで落ち込んだ気分となり、涙もろさや寂しさを引き起こします。
 さらに、今まで興味を持って取り組めた事柄に興味がなくなり、楽しくなくなります。しかも、自分を「だめな人間だ」と強く思い込んでしまうこともあり、その結果、「自分などこの世にいらない」と自殺を考え出してしまうことがあります。
 いずれの症状も、自分や周囲の環境を実際以上に否定的にとらえてしまうということが、根本にあります。
 これらの症状は、朝に症状が強く、夕方になると少し楽になるということもよく起こるため、家族の方は帰宅後の様子を見て、「たいしたことない」と誤解してしまうこともあります。
     
   
 
 
     うつ病になる人は、几帳面で徹底的にやらないと気が済まないタイプの人が多いようです。このような人の落とし穴は、環境の変化に柔軟に対応できにくいという傾向があります。
 また、他人との関係を重視するあまり、ついつい断りきれずに多くの仕事を「一人で抱え込んでしまう」ことになります。
 したがって、うつ病のきっかけとなる環境の変化としては、昇進、転勤、配置換えなど、それまでと違った役割を果たす必要が生じたときが挙げられます。
 特に「どこまでが自分の役割かわからない」とか、「同時にいくつかの役割が割り振られた」という状況では「あれもこれも今やらなければならない」といったことになりがちです。
 さらに、それらの悩みを誰にも相談できずに一人で抱え込むと、「まわりのサポート不足」となってしまいます。
 その結果、「脳(心)のエネルギー」が不足し、「否定的なものの見方」が顔を出し、普段なら苦にならないことまでが苦になってきます。
 したがって、「ストレスは実際以上に大きく」、「まわりのサポートは役に立たない」と思えてしまうため悪循環になり、うつ病の発病につながることが多いようです。

   
 
 
   
 うつ病の症状でもある「否定的なものの見方」のため、「医者にかかってもどうしようもない」と思う人も多く、「適切な医療を受けていない」傾向があります。  
 しかも、うつ病から自殺をしてしまった人々の多くも、専門医を受診されていないということがわかっています。
 また、ものの見方が否定的になると「自分は不必要な人間だ」などといった考えに結びつき、辞職や離婚などにつながり、結果的に本人を取り巻く環境が悪化してしまいます。
 したがって、早めに治療を開始することが大切です。
 もし、うつ病の可能性に周囲が気づいたときは、本人が「否定的なものの見方」のせいで「医療受診は気が進まない」ことを念頭におきながら、医療受診を勧める必要があります。
 その際、本人が困っていて、医療受診につながりそうな話題、例えば「不眠」をきっかけに受診を勧めることもひとつの方法です。
 
 
     うつ病の治療の原則は、「服薬」と「休息」です。「服薬」に関しては、抗うつ薬という薬を中心にして、睡眠導入剤や安定剤を必要により追加します。

   
 
 現在、日本を含めて世界中でよく使われているのは、脳内の神経伝達物質であるセロトニンやノルアドレナリンに働きかけるSSRISNRIと呼ばれるタイプです。

薬のタイプ
副作用
SSRI
セロトニンの利用を高め、脳の働きを改善する 吐き気
SNRI
セロトニンとノルアドレナリンの利用を高め、脳の働きを改善する 尿の出が悪い
三環系
以前から使用されていた薬で、ノルアドレナリン中心にセロトニンにも作用し、脳の働きを改善する 口が渇く、便秘が起こる、尿の出が悪い、頭がぼんやりする
 効き目や副作用の出やすさには個人差がありますので、少量からスタートしてその人にあった薬の量と種類に合わせることが重要です。
 また、抗うつ薬は効果が出るのに、1-2週間かかるという特徴があります。 
 一方、睡眠導入剤や安定剤は飲み始めてすぐに効果が出るので、治療の最初は、このような薬を併用して、不眠やイライラを軽くし、薬の効果を実感していただきます。
     
   
 「こころの休息」を十分に確保しておくことが重要です。「こころの休息」のためには、こころの負担になっている事柄(ストレス)、例えば仕事を一度休む、ということが必要になります。
 しかし、「身体の休息」をとるのと異なり、仕事を休んでいても、休むことを苦にしながら休んでいたのでは、「こころの休息」にはなりません。したがって、本人が「今はしっかり休むべき時期だ」ということを理解して休むことが必要です。
 「こころの休息」がとれた結果、不安、イライラ、ゆううつな気分が薄れ、おっくうな感じだけになった頃から、徐々に社会復帰に向けたリハビリに入りま す。具体的には、睡眠と覚醒のリズムを整え、通勤や書類整理のリハビリのために図書館へ通うといった方法をとります。
 一方、この段階で先のことばかり考えて焦らず、今の自分の状態を確認しながら、現在の目標と先の目標を見定めて進むことが大切です。同時期に、うつ病のきっかけになったストレスを整理し、今後のストレスに対する対処方法を確認しておくことが重要です。
 中でも、「一人で問題を抱え込まない」ために「周囲に相談する」ことを習慣づけることが再発を防ぐために重要です。何よりも、治療にあたって、本人と周囲がうつ病に関する正しい知識を持つことがとても重要です。