女性の社会進出とうつ

一般的に、女性は、生理学的なホルモン分泌の不安定さや社会的性差(ジェンダー)による影響、ライフイベントのストレスなどによってうつ病に罹患しやすいと言われます。疫学的調査の統計によると、うつ病(気分変調障害)の生涯有病率は男性の約2倍であり、うつ病以外の精神疾患に罹患する確率も女性のほうが男性よりも高くなっています。

うつ病を発症しやすい好発年齢は、男女を問わず、外部の環境変化や人間関係の葛藤に敏感な青年期前期(20代前半)と社会的責任が過重になって仕事が忙しくなり、子どもが成長して家庭生活が空虚なものとなりやすい壮年期(40代~50代)です。壮年期は一般に中高年の世代と呼ばれ、女性にとっては閉経を控えてホルモンバランスが崩れやすい年代で、生理学的に不安定な更年期と呼ばれたりもする時期です。

中高年期の女性のうつ病は、更年期うつ病と特定化されて呼ばれることもありますが、40代~50代の女性は気分の変調や意欲の落ち込み、情緒不安定、身体愁訴(原因不明の身体症状)を体験しやすいという事ができます。また、気分障害で男女差が認められるのは、単極性障害(うつ病)のみであり、先天的要因の関与が大きいとされる双極性障害(躁鬱病)の発症率に関しては男女差がありません。

女性のメンタルヘルスを考察していく場合、女性のライフスタイルの多様化とライフイベントの個別化について考えていく必要がありますが、ここでは大まかな社会変動と女性のライフスタイルの変化の概略だけを簡単に述べておきます。

男女平等を前提とした教育や経済活動の知性化、職場環境の情報化により女性の社会進出が進んだ現代社会では、従来の近代産業社会にあった『結婚して専業主婦となり、子どもを産む』という平均的な女性のライフスタイルや標準的な家族構造に基づく議論が通用しない場合が増えています。

ここでは、経済活動における男女平等や社会的性差を自由化しようとするジェンダー・フリーの是非については詳述しませんが、経済領域を中核とした男女平等に賛成の人は個人主義を前提とした自由化志向を持ち、反対の人は共同体の伝統的価値観を重視する秩序志向があるといえるのではないかと思います。

また、ジェンダー・フリーと対立しやすい伝統的家族制度の根本にある思想は、『安定して子孫を次世代に継承していく事を、人生の第一の目的に置く思想』であり、『女性が結婚して出産する事をそうしない事よりも価値が高いとする考え方』だといえます。私は、安定した家庭を築いて子孫を未来に残していこうとする生き方を基本的に承認しますが、結婚しないという選択や子どもを産まないという判断についても同様に支持します。

国家の経済規模を縮小し社会保障を困難にするとされる少子高齢化問題についても、個人の結婚や出産の選択を啓蒙することはできても強制することは出来ないので、政府は現在の国力や人口動態に応じた政治運営や社会制度を工夫していくべきだと考えます。個々人の価値観や行動選択を、国家(社会全体)の思惑によって抑圧することには最大限の注意が必要でしょう。個人が、自らの人生の幸福や充実を考えながら主体的な選択をする自由を確保しながら、国家の人口規模と財政状態に応じた有効な政策を模索していくことが重要なのではないでしょうか。

『男性は仕事・女性は家事』という伝統的家族形態を昔のまま維持したいと考える保守的な価値観は、現代ではさまざまな要因によって非常に実現が困難となっています。また、その価値観を積極的に支持する層も若い世代になるほど少なくなり、女性も家庭で家事育児のみに専従するのではなく、社会に出て経済的収益や遣り甲斐につながる仕事をしてみたいという人たちが増えています。

三世代以上が同居する大家族の減少と核家族の増加という家族構成の変化によって、舅・姑との対人関係の葛藤やストレスが減少する一方で、育児に要する精神的・時間的負担が増大しました。夫婦と子どもだけの核家族の増加という時代の変化は、祖父祖母や親戚との人間関係を疎遠にし、伝統的な価値観の継承を困難にするという影響を与えました。

核家族で生活するという事には、他者に干渉されない自由な家庭生活を獲得できるという良い面がある一方で、育児環境における人間関係の貧困や子どもの対人スキルに関連する精神発達の未熟、子育てに対する夫婦の負担の増大という悪い面もあります。

若年者層には時間給で雇われるアルバイトやパートが多く、正規雇用の社員ではない期間限定の契約社員が増えているという雇用情勢の変化も、結婚の晩婚化や非婚化に大きな影響を与えていると言われます。
安定した収入と地位を持つ正社員・公務員が従来の雇用の平均的な形態でしたが、慢性的な景気低迷と雇用悪化に陥っている現在では、(個人のライフスタイルの多様化で長時間拘束を嫌う層の増大の影響もあって)アルバイト・パート・契約社員などが増えて雇用形態が多様化しています。

雇用形態の多様化と合わせて、家計を夫一人の収入だけで支えることが難しい世帯も増え、結婚して以降も夫婦二人で仕事をする共働きの家庭が過半を占めるようになってきました。早期に幸福な家族形成を目指して結婚を選択する女性もいれば、高学歴を経て職業生活のキャリアを積む女性、独自のアイデアや経験を活かして起業し経済的成功を収める女性もいます。

急速な社会変動と価値観の変化に合わせて女性のライフスタイルは多様化し、単一の発達心理学的理論や社会学的統計などによって女性の人生の平均像を描くことは困難になっています。結婚育児に対する価値観も個別化し、結婚適齢期や育児の方法などに対しても『今が最も適切な時期である・これが最も有効な育児方法である』という絶対的な模範(規範)が不在になっています。

この社会における中心的な価値観が不在な状態、帰属集団における強制的な規範が有効に機能していない状態をアノミー(無模範・無規範状態)と呼ぶこともあります。アノミーの様相が強くなってきた社会環境においては、個々人は周囲の大多数の人の行動に合わせるだけでなく、自分の経験や知識、人間関係を有効活用して、自分の人生や家庭生活を自発的に作り上げていかなければなりません。

この社会変動の影響は男女共に受けますが、特に、女性のライフスタイルや結婚・出産・育児といった大きなライフイベントへの影響が強く、女性は深刻な精神的ストレスを受けるリスクが高まります。

この社会構造の変動と経済状況の変化によって女性のライフスタイルは急速に多様化しましたが、ここにストレス耐性の脆弱性やストレス対処の不適切性などの要因が重なると、女性のうつ病発症リスクも高まる恐れがあります。つまり、現代社会の流動性や相対性といった時代の急速な流れに対する適応性が十分でない場合、女性に限らず男性もうつ病などの精神障害を発症するリスクが高くなるのです。